大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)25301号 判決 1998年9月09日

原告

金村公一

ほか一名

被告

佐藤龍司

主文

一  被告は、原告金村公一に対し、金一七五万一八八二円及びこれに対する平成九年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告金村晶子に対し、金六万〇八九〇円及びこれに対する平成九年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、三分の一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告金村公一に対し、金五九六万六五三九円及びこれに対する平成九年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告金村晶子に対し、金一〇一万〇八九〇円及びこれに対する平成九年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、片方の道路に赤色点滅信号機の設置されている交差点において、酒気帯び運転の普通乗用自動車が、対面信号が赤色で点滅していたのに一時停止をせずに交差点に進入し、交差道路を左方から交差点に進入していた普通乗用自動車の右側面に衝突した交通事故について、衝突された自動車を運転していた者及び同乗していたその妻が、事故現場で示談契約を締結したとして、その契約に基づいて(予備的に民法七〇九条に基づいて)、損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げない事実は争いがない。)

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時 平成八年六月二七日午前一時ころ

(二) 発生場所 東京都目黒区中町二丁目一五番先所在の赤色点滅信号が設置されているバス通り交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 被害車両 原告金村公一(以下「原告公一」という。)が所有して運転し、原告金村晶子(以下「原告晶子」という。)が同乗していた普通乗用自動車(トヨタセルシオ、品川三四ら一七・一三)

(四) 加害車両 被告が運転していた普通乗用自動車(品川七七ち八一・四八)

(五) 事故態様 原告公一が原告晶子を同乗させて被害車両を運転し、本件交差点に進入したところ、被告が酒気帯び運転をしていた加害車両が、対面信号が赤色点滅であったにもかかわらず、一時停止をすることなく右方から本件交差点内に進入し、その前部が被害車両の右側部に衝突した。

2  責任原因

被告には、飲酒をして加害車両を運転した上、赤色点滅信号が存在するのに、一時停止をせず、かつ、安全を確認することなく本件交差点に進入した過失がある。したがって、民法七〇九条に基づき、原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

3  書面の差し入れ

被告は、本件事故直後、本件事故発生場所において、被告の名刺及び運転免許証をコピーした用紙の空欄に「今回酒気おびで信号一時停止をおこたり事故になりました。責任を一〇〇%果たします。車を引き取り新車を換える責任を負います。」と乱れた字体で自署した上、原告らに対してこれを差し入れた(この用紙を、以下「本件書面」という。甲一、一〇、一一、乙七、原告公一本人、被告本人)。

二  争点

1  示談契約の成否及び内容

(一) 原告の主張

原告らと被告は、平成八年六月二七日の本件事故発生直後、事故発生場所において、<1>被告は、本件事故により原告らに生じた損害を一〇〇パーセント賠償すること、<2>被告は、被害車両を引き取り、同型の新車を原告公一に引渡すことを内容とする示談契約を締結した。

仮に、示談契約が締結されていないとしても、被告は、民法七〇九条に基づき、原告らに生じた損害を賠償すべきである。

(二) 被告の反論

(1) 示談契約の不成立

原告らと被告が、本件事故発生直後に合意した内容は、不明確である。損害を一〇〇パーセント賠償することとは、本件事故と相当因果関係のある損害を賠償する趣旨か、あるいは、本件事故と条件関係にあるすべての損害を賠償する趣旨か一義的でなく、新車の買い換えについても、その履行方法は明らかでない。このように、意思表示の内容が明確でないから、原告らと被告との間において、<1>及び<2>の内容の意思表示は合致しておらず、示談契約は成立していない。

(2) 示談契約の内容の合理的解釈

仮に、示談契約が成立していたとしても、<1>は過失相殺を放棄したこと、<2>は新車の給付が損害回復のため合理的な方法であると考えられる場合にはそれによるとの趣旨であると解すべきである。

(3) 錯誤無効

仮に、示談契約が成立し、それが、原告らが主張するような内容であるとしても、被告は、被害車両が、真実は新規登録後九か月の自動車であるのに、これを新規登録後一か月の自動車であると認識したため、示談契約を締結したものである。この誤解がなければ、被告のみならず一般人も原告らが主張するような内容の意思表示をしなかったであろうし、この動機は、原告らに対し、明示ないし黙示的に表示されたのであるから、被告の示談契約締結の意思表示は錯誤により無効である。

(4) 詐欺による取消

仮に、示談契約が成立し、それが、原告らが主張するような内容であるとしても、原告らは、被害車両が、真実は新規登録後九か月の自動車であるのに、これを新規登録後一か月の自動車であると偽り、被告は、この点で錯誤に陥って示談契約締結の意思表示をした。そして、被告は、平成八年七月四日、原告らに対し、示談契約に従った内容の話を白紙撤回し、示談契約締結の意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

2  履行すべき金額(不法行為の場合は各損害額)

第三争点に対する判断

一  示談契約の成否及び内容(争点1)

1  前提となる事実、証拠(甲二、三、一〇、一一、一三、乙一、四、五の1~11、七、一二~一六、原告公一本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故前後の経過等について、次の事実が認められる。

(一) 被告は、本件事故後、加害車両から降車し、原告らに対し、「どうもすいません。」「大丈夫ですか。」などと言って謝罪した。被害車両から降車した原告公一は、警察に連絡をしたいと述べた。被告は、飲酒運転であったので、加害車両について、契約していた自動車保険は支払われないと思いこみ、それならば、刑事処分を受けることや勤務先である三菱商事株式会社に発覚するおそれを考慮して警察に通報されない方が良いと考え、原告公一に対し、飲酒をしていることを伝えた上、「保険は下りないと思うし、責任を持ってきちんと修理するので、警察に通報せずに話し合いに応じてほしい。」などと申し出た。ところが、原告公一から、「修理をしても車の価値が下がるから、それも含めて責任を負ってもらわないと困る。」などと言われたので、それも含めて責任を持つ旨を述べたところ、さらに、「この車は購入してから一か月しか経過していない。修理をしても元に戻らないかもしれない。新車だと七〇〇万円くらいである。」などと問われた。被告は、加害車両は修理ができない状態であるとは思わなかったが、高級な自動車であり、まだ、新しいので、新車同様には戻らない場合もあり得ると考え、やり取りの末、「最悪の場合には新車に買換えます。」などと答えた。

この間、被告は、何とか警察へ通報されることを防ぎたいと考え、原告らに賠償能力があることを信用してもらうため、免許証とともに勤務先が記載された名刺を差し出したので、原告晶子は付近のコンビニエンスストアまでコピーを取りに行ったり原告公一と被告は、右のやり取りをした結果、免許証と名刺をコピーした用紙に被告が一筆入れることになり、本件書面を作成した。その際、原告らから、被害車両を引き取ってもらうとの話があり、この点も含めて記載をした。また、原告公一と被告は、同日午前九時にトヨタ自動車の営業所で会う約束をした。

(二) 夜が明けて平成八年六月二七日朝、被告は、保険会社に連絡を取ったところ、飲酒運転でも保険金が支払われることを知った。被告は、トヨタ自動車の営業所に赴いたが、原告公一はそこに現れなかった。被告は、そのことについて、原告公一から電話連絡を受け、その際、飲酒運転でも保険金が支払われることが判明したので、一緒に警察に出頭してほしいと依頼した。ところが、原告公一の返事は肯定的なものでなかったので、一人で警察署に赴いたが、事故証明書は発行できないと言われた。

他方、原告公一は、被告が先日と異なる話をしたので、本件書面に記載されたことを履行してくれるのか不安になったが、所用があったため、原告晶子の勤務先の代表取締役である岡本朝生に対し、被告に確認をしてくれるように依頼した。岡本朝生は、同日午後、被告に電話をし、新車の買換えを補償するように勧めた。被告は、原告らの負傷の内容が気になったので、原告らに病院へ行ってもらいたいと岡本朝生に伝えたところ、岡本朝生が、「原告らは多忙で病院へ行く時間がない。被告が心配なら、人損については一切問わないとの趣旨の一筆を入れてもよい。」などと述べたので、「それなら新車の買換えの補償をする。」と答えた。被告は、この時点において、被害車両と同種同形式の新車と被害車両の下取価格との差額は二〇〇万円から三〇〇万円程度にはなると推測していた。

被告は、同日夜、平澤慎一弁護士(以下「平澤弁護士」という。)に対し、本件事故後の経過を話した上で、事故証明書の発行が受けられないことについて相談し、原告らとの今後の交渉を委任した。

(三) 被告と平澤弁護士は、早速、警察署に対し、事故証明書の発行を要請したが、それはできない旨の回答を受けたので、示談交渉を進めようと考え、平成八年六月二九日、原告らの自宅において、原告らと面談した。その際、原告らから、新車買換えの場合の諸費用も支払ってほしいとの要望があり、その結果、被告が被害車両を新車に買換えてその諸費用も含めて費用を負担すること、本件事故により原告らが支出した治療費やタクシー代などの実費は被告が負担すること、本件の損害賠償については、以上で一切解決したものとすることで合意する方向で話は進行した。ところが、原告らは、同日に日本赤十字医療センターで診断を受けたところ、X線検査の結果は異常はなかったが、頸椎捻挫で一週間の安静加療を必要とするとの診断を受けたため、一週間様子を見た上で合意書を作成したいと希望した。そこで、原告らと被告は、平澤弁護士が合意書案を作成してきた上で、同年七月六日に原告ら宅で正式な合意書を作成することとした。なお、被告は、この話し合いの際、被害車両が購入後一か月であることを前提に話をしていたところ、原告晶子から、被害車両は購入後九か月の車両であると指摘されたが、新車を買換える方向で話を進めてきていたので、この点については、特にこだわることはなかった。

(四) 原告らは、平成八年七月六日を待たずに連絡をしてきたため、同年七月四日、平澤弁護士の事務所において、原告ら、岡本朝生、被告及び平澤弁護士が立ち会って詳細について話し合いをした。新車の買換えに関しては、原告公一が被害車両を修理に出して修理代の見積りを出し、それと新車購入代金との差額を支払うとの内容で被告が検討することになったが、人損に関しては、被告が原告らが負担した実費を支払って一切の債権債務関係がないとすることに岡本朝生が難色を示して金銭を請求したため、これに不信感を持った被告は、話を白紙撤回したいと申し出た。平澤弁護士は、解決金として二〇万円を追加する案を示したが、原告らはこれに納得をせず、結局、その日は、被告は、人損について、事故証明書がなくとも保険金が支払われるかについて保険会社に確認をし、それができない場合には、被告がいくらの解決金を支払うことにするかについて双方が検討してくるとの内容を確認して別れた。

(五) 被告は、契約していた日本火災海上保険株式会社に対し、原告らの人損について保険金が支払われることを確認し、結局、同社に示談代行を任せることにした。その結果、平澤弁護士は、交渉から下りて、被告代理人らが新たに被告の代理人となり、原告らも弁護士を選任して、平成八年八月に入ってから内容証明郵便のやり取りをした。しかし、被告代理人らは、同年九月二六日付けの内容証明郵便で、原告側の意向に沿えないので、法的手続による解決もやむをえない旨の回答をし、交渉は決裂した。

(六) 被害車両は、本件事故により、右前側部が破損し、主として、フロントのバンパー、フェンダ、サスペンション部分に損傷を来し、東京トヨペット株式会社は、平成八年六月二九日、修理費用として七九万六六二二円を要するとの見積りをした。

原告公一は、平成八年八月二六日、被害車両を下取りに出して、東京トヨペット株式会社から、トヨタセルシオ四ドアセダンB仕様ERバージョン(型式E―UCF二〇―AEPGK(G))を新車で購入し、その差額として、三三五万四一七九円(新車購入価格が諸費用込みで六四〇万四一七九円、被害車両の下取価格が三〇五万円)を支払った。

2  この認定事実に対し、原告公一は、本人尋問において、被害車両を購入してから一か月しか経過していないことは一度も話したことがないと供述し、同趣旨の陳述書(甲一一もある。しかし、被告は、本件事故当日(一夜明けた後の夜)に、平澤弁護士に相談した際、すでに購入後一か月の車であることを聞いた旨を話しているのであり(乙一)、これが、「一か月」という具体的なものであること、本件事故直後、修理をする話から新車の買換えまで話が進んだことを併せて考えると、事故直後のやり取りの中でこの話が出たと考えるのが合理的であり、原告公一の供述及び同趣旨の陳述書の内容は直ちには採用できない。

また、原告らは、岡本朝生が人損を問わないとの提案をしたことについて、このような被害者に不利な条件をわざわざ提案するはずがないと主張するとともに、平成八年六月二九日の被告及び平澤弁護士との面談において、人損を含めて一切解決したものとする旨の話も出ていないと主張し、これらに沿う証拠(甲一一、一三、原告公一本人)もある。しかし、平澤弁護士は、被告から最初に相談を受けた際に、岡本朝生から人損を問わないとの提案をされた旨を聞いており、本件事故後まもないこの時期に、あえて被告が虚偽の内容を平澤弁護士に伝えるとは考えにくい。また、被害車両の本来の価格及び損傷状況に照らすと、本件事故と相当因果関係のある損害としては、新車の提供までは請求することができないのではないかということは容易に推測できるから(甲第一三号証によれば、岡本朝生は、保険会社の知人に相談してから被告に電話連絡をしたほどであるから、この点を理解していたとしても不自然ではない。)、人損の程度がそれほどでもなさそうであれば、より有利な新車の提供を履行してもらうために、このような提案を岡本朝生がしたとしても、あながち不自然とはいえない。また、平成八年六月二九日の被告及び平澤弁護士との面談において、人損を含めて一切解決したものとする旨の話が出ていないことについては、平澤弁護士作成の報告書(乙一)に照らして採用できない。

3  原告らは、本件事故直後、事故現場において、<1>本件事故により原告らに生じた損害を一〇〇パーセント賠償すること、<2>被告は、被害車両を引き取り、同型の新車を原告公一に引き渡すことを内容とする示談契約が締結されたと主張し、本件書面が示談契約書であると主張する。

まず、<2>については、1の認定事実によれば、被告は、原告らに対し、当初は、責任を持って修理をする旨を述べたところ、修理をしても車の価値が下がるとか、修理をしても元に戻らないかもしれないなどと修理では納得しないかのような発言をされた結果、最悪の場合には新車に買換えると述べたものである。また、本件書面を作成するに先立ち、被告には、被害車両の購入後の期間以外には、走行キロ数、修理が可能であるか否か、可能であるとしてそれにかかる日数や費用はどの程度か、被害車両の時価はどの程度の金額かなどの情報が一切与えられていない。さらに、車両買換えの履行方法及び時期などの詳細、被害車両の引き取り方法及び内容などについて何らの約束もなされておらず、何よりも、被告がどの程度の金額を負担することになるのかについてまったく明らかになっておらず、極めて不明確な内容である。本件では、被害車両と同種同型の新車の購入費はもちろん、買換え差額ですら修理費の四倍を超える金額になるのであって、被告に、警察に通報されたくないとの意識があったことを考慮しても、本来の賠償額である修理費をはるかに上回る負担をしてもやむを得ないとの意識まであったといえるか定かではない。もっとも、被告は、夜が明けて岡本朝生と話をした際には買換差額は二〇〇万円から三〇〇万円程度になると推測していたもので、買換差額に関しては、おおむね正確な認識を有していたといえる。しかし、本件事故直後の状況下で、そこまで認識していたか否かは明らかでなく、仮に、その程度の認識を有していたとしても、修理費がこれよりもかなり少ない金額で済むことまで認識していたかは明らかでないから、このことをもって、修理費をはるかに上回る負担をしてもやむを得ないとまでの意識があったということはできない。次に、<1>については、車両損害に関する話し合いの結果記載されたもので、人損に関する話し合いはなされていない上、費目や金額などの具体的内容も特定されていない。

これらの諸点に加え、新車買換えの話及び本件書面の作成が、通常、事故発生直後で当事者の動揺が避けられない状況下(本件書面において、日付が違っていたり、乱れた字体で容易な漢字すらひらがなで書かれていたりすることは、飲酒の影響も含めて、被告が必ずしも冷静な状態ではなかったことをうかがわせるものといえる。)で行われたことを併せて考えると、本件事故直後の時点においては、被告において、物損に関しては、原告らが請求するあらゆる損害を賠償するとか、そのうち、車両損害に関しては、修理が可能か否か、修理をした場合の車両の価値がどうなるか、修理の期間及び費用はどの程度かなどの事情にかかわらず、被害車両を引き取って新車を提供するなどの確定的な意思表示があったとみるのは困難というべきである。もっとも、被告は、その後も、新車の提供をする方向で話し合いを続けているが、これは、人損も含めてまとめて解決することができるなど、種々の判断の下にそのように行動しているものと理解することができるから、このことは、本件事故直後の時点で、事情の如何にかかわらず被害車両を引き取って新車を提供するなどの確定的な意思表示があったとみるのは困難であるとの判断をすることの妨げにはならない。

したがって、被告は、せいぜい、物損に関し、少なくとも、本件事故と相当因果関係のある範囲の限度では、確実に賠償義務を履行することを確認し(この意味では、被告の民法七〇九条に基づく責任の範囲に特に変更を加えるものではない。)、そのうち、車両損害については、修理費及び評価損を賠償するよりも、新車の買換差額を賠償する方が費用が少なく合理的である場合にはそれによる旨の意思表示をしたにとどまると解すべきであり、その限度で原告らと合意が成立したとみるのが相当である。

3  すでに認定したとおり、被害車両の修理費は七九万六六二二円であるので、次に評価損について検討する。

すでに認定した被害車両の損傷状態、修理の内訳及び費用からすると、車両の本質的構造部分に重大な損傷が生じたとは考えにくく(少なくとも、それを認めるに足りる証拠はない。)、修理によって原状回復がなされれば、機能及び外観ともに本件事故前の状態に復した可能性が高いということができる。しかしながら、被害車両は、平成七年九月に登録されたトヨタセルシオ(型式E―UCF二〇―AEPGK+A)であり、被害車両と同種同形式の新車の価格が六〇〇万円を超える高級車であること、本件事故に遭うまでには登録後九か月が経過し、一万一五一三キロメートルを走行していたにすぎないこと(乙四)などの事情に照らすと、事故歴あるいは修理歴のあることにより、ある程度商品価値が下落することが見込まれるということができるのであって、右の諸事情を総合すれば、その評価損としては、修理費の約三〇パーセントに相当する二五万円を認めるのが相当である。

以上によれば、被害車両の修理費と評価損を併せた金額は一〇四万六六二二円となるから、被害車両と同種同形式の新車の買換差額が三三五万四一七九円であることと対比すると、新車に買換えることが合理的方法であるとは到底いえない。

そうすると、示談契約に従って履行すべき金額を検討する必要はなく、以下、不法行為に基づく損害額について判断する。

二  各損害額(争点2)

1  車両損害(原告公一請求額三三五万四一七九円) 一〇四万六六二二円

前記のとおり、車両損害としては、修理費と評価損の合計額一〇四万六六二二円が相当である。

2  代車料(原告公一請求額四四万四九七〇円) 四四万二八七〇円

原告公一は、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターに勤務しており、仕事柄、コンピューターや書籍等を携行することが多いため、通勤を含めた仕事上の移動手段として被害車両を利用しており、勤務先には、原告公一専用の駐車場が確保されていた(甲一四)。原告公一は、本件事故により被害車両を使用することができなくなったため、平成八年六月二七日から同年七月一五日まで通勤にタクシーを利用して一四万九三二〇円(原告公一の請求のうち、その余の部分はこれを認めるに足りる証拠がない。)を負担し、その後、同年八月三日までの間に、トヨタレンタリース株式会社から、トヨタクラウンを一日あたり一万九〇〇〇円で一五日間にわたって貸借し、二九万三五五〇円(消費税込み)を支払った(甲四の1~56、五)。

被害車両は、修理が可能であるから、本来は修理を行うのに相当な期間の限度で代車料を認めるのが相当である。しかし、原告らは、被告及び平澤弁護士と、被害車両を新車に買換える方向で和解契約の交渉をし、その後、被告の代理人が代わったこともあって、少なくとも、レンタカーを借りていた同年八月三日の時点においては、いまだ和解契約に向けて交渉中であったのであるから、ここまでの代車の使用はやむをえないというべきであり、本件事故と相当因果関係がある。

3  治療費(請求額 原告公一 一万二三九〇円、原告晶子一万〇八九〇円)

原告公一 一万二三九〇円、原告晶子 一万〇八九〇円

原告らは、平成八年六月二九日、日本赤十字社医療センターにおいて、本件事故による負傷につき診察を受け、いずれも、安静加療約一週間を要する頸椎捻挫の診断を受けた(甲六、七)。原告らは、この診療費として、原告公一において一万二三九〇円、原告晶子において一万〇八九〇円を支払った(甲八、九)。

4  慰謝料(請求額各一〇〇万円) 各五万円

事故の態様、受傷内容に照らすと、原告らの慰謝料としては、各五万円を相当と認める。

なお、原告らは、本件事故後の交渉経過によっても精神的損害を受けたと主張するが、一の1で認定した事実によれば本件事故後の交渉経過において、被告に不法行為に相当する行動があったとはいえない。

5  弁護士費用(原告公一請求額一一五万五〇〇〇円) 二〇万円

原告らは、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任し、原告公一がその費用を負担したもので(弁論の全趣旨)、本件認容額、審理の内容及び経過等に照らすと、本件事故と因果関係のある弁護士費用は二〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は、原告公一においては、一七五万一八八二円及びこれに対する平成九年一月一六日(不法行為後の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告晶子においては、六万〇八九〇円及びこれに対する平成九年一月一六日(不法行為後の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由がある。

(裁判官 山崎秀尚)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例